
「夢か・・・」
思い出したくもない頃の夢を見て俺はベットから身を起こし頭を抱えた。
最近は見なくなっていたはずの悪夢を再び見てしまった理由は分かっている。
フィーナの存在とアレックスのあの言葉のせいだ。

淡い初恋の相手だったフィーナを俺は密かに心に秘めながら生きてきた。
10年前、彼女が街でタチの悪い奴らに絡まれている姿をみたとき、一目でフィーナだとわかったほど俺はずっと想い続けて。
「お前と彼女は釣り合わないよ」
勝ち誇ったような顔でそういったアレックス。そうだ、お前のような男こそが彼女にはふさわしい。
分かっている。
諦めようとしても彼女の笑顔を見るたびに俺はフィーナに初めて出会った少年の頃に戻ってしまう。
どんなに考えても堂々巡りにしかならず、俺は立ち上がり部屋を出た。

辛い恋になることは予測できていたはずよ。
そう自分に言い聞かせて3杯目のカクテルに口をつける。
アレックスと初めて出会った頃からその心に大きな存在があることは知っていた。

だからこの人を好きになってはいけないと気持ちをセーブしようとしていたはずなのに、心は言うことを聞いてはくれず私はアレックスを愛してしまった。
この間の私の告白に困ったような表情を浮かべたアレックスを思い出す。
彼からは何の言葉も聞けないまま、ただ時間と私の想いばかりが積み重ねられてゆく。
「いたのか」
バーカウンターのあるこの部屋の入り口から声をかけられてふりむくとそこにはジークの姿があった。

「ええ。ちょっと・・・眠れなくて。ジークも?」
「・・・まあ、そんなところだ」
言葉少ないジークだったが、彼は本当は優しいことを私は知っている。
クールなふりをしているけれど、困っている人がいると憎まれ口をききながらもつい助けてしまう所を大学で何度も見かけた。
私の隣に座りウイスキーの水割りを作っているジークをそっと見る。

「アレックスのことか」
「え?」
突然アレックスの名前を出されて私は思わず声を上げてしまう。
「好きなんだろ、あいつのこと」

「・・・ジークって普段他人なんかどうでもいいって雰囲気なのに、ちゃーんとお見通しなのよね。でもね、残念。私はフラれたのよ。これ以上ないってくらいね」
言葉少ないジークにだからこそ、私はこんなことを言えてしまうのだと思った。
きっとクロエにはこうは言えない。もっとかっこつけてしまうと思う。
ジークからはどんな言葉でも受け止めてくれるような優しさを感じるせいだ。

黙って私の言葉を聞いていたジークは何も言わないまま私のカクテルを作りなおしてくれる。
何も答えないでいてくれることが嬉しい。
きっとみえみえの慰めなんか言われたらもっと傷ついてしまうと思うから。

「ジーク、最近雰囲気変わったわ。なんだか優しくなった」
元々優しさはあったけれどそれを表面に決して出さないようにしていたように思う。最近はどこか違う。棘が落とされて壁をつくらなくなった。

「よせよ。そんなこと言われても嬉しくない」
苦々しい表情を作るけれど、以前のような冷たさは影を潜めている。
「褒め言葉よ?」
「言われてる方は褒められてる気がしない」
そんなことを言い合っていると外から車の止まる音が聞こえてくる。
アレックスだ。今夜は仕事で遅くなると言っていたから。
それを知っていたのかジークは残りのウィスキーを飲み干すと椅子から立ち上がった。
私も急いで立ち上がろうとするとジークがそれを目で制する。

「ここで待ってろよ。あいつと話すことがあるんだろ」
ジークは本当に何でもお見通しなのだ。私がここで飲んでいた理由さえも。
ジークが部屋を出て行くとそれと入れ替わるようにアレックスが現れ、驚いた表情で私を見つめた。

「まだ起きてたのか。もう・・・寝てるかと思ってたよ」
あたりさわりのない言葉を選んで口にしているのが分かる。ずるい人。
その言葉と酔いのせいで私はアレックスをなじる言葉を口にしたくなってしまう。
「そうよ。飲まないと寝れないくらい辛いから」

「エレン・・・」
私の言葉に酷く傷ついた顔をする。彼はいつだって優しい。ジークとは違う優しさを持っている。
その優しさが時には人を傷つけることがあるのも知っているけれど、私はアレックスのそんな所さえも愛しいのだ。

「聞いて欲しいんだ。・・・君の好意を知っていて俺は甘えた。最低な男だと思ってくれていい」
アレックスはあの夜のことを言っているのだろう。
胸にちくりとした痛みが走る。
「でも俺は・・・フィーナが好きなんだ。君の気持ちは嬉しいけど、応えることはできない」

その言葉は思っていたよりもショックではなかった。長い時間をかけて私はこの言葉を聞く準備をしていたような気さえした。
「わかったわ。ちゃんと言ってくれてありがとう。・・・でもね」
「うん?」
「私はこれからもずっとアレックスが好き。アレックスが他の誰を好きでいようと」
自分の気持ちを言葉にするとフラれたのに、なぜか心が軽くなるのを感じる。
彼が誰を好きでも、私の気持ちまでは変えられない。

「エレン・・・それは・・」
「心配しないで。振り向いてくれるとか希望を持って言っている訳じゃないの。ただ・・・私が好きでいたいだけ。・・・じゃあ、おやすみなさい」

そう言うと私は自分の部屋へと戻る。
両想いだけが恋じゃない。
だったらこんな形の恋があってもいいでしょう?
わたしは心の中でアレックスにそう呟いた。
その時間が迫ってくるとあたしは決意が挫けそうになってしまう。
こんなんじゃ駄目!もうこれしかないって散々考えて出した結論でしょ?!
自分自身に言い聞かせ渇を入れる。

時計を見るともう夜の22:00を過ぎた。私は息を殺してじっとディーノのいる店を見つめる。
バイトの女の子は閉店してすぐに帰ったし、弟のクライヴもさっき出ていったのを確認してある。だから今店にはディーノしかいないはずだ。
大丈夫、ちゃんと言うべきセリフは練習してある。
私はディーノの店へと足を向けた。

「どうしたんだ、こんな時間に」
扉をあけるとディーノはもう私服に着替えていてカウンターの掃除をしていた。
「それにその格好・・・パーティーの帰りかなんかか?」
いつもはパンツスタイルの多いあたしだったけど、今日は特別だった。
一番ボディラインが綺麗に見えるタイトなワンピースを選んだ。
だって今日は。
ディーノに色仕掛けするって決めてきたんだから!!
押しても引いても何の反応も示さないディーノにもうあたしはこれしか打つ手がなくて。
自分の手が緊張のあまり小さく震えているのを感じてぎゅっと拳を握る。

「ディーノ・・・今日は帰らないからっ!!」
言ったあと言い方を間違えたことに気が付く。帰らないから、じゃなくて帰りたくないって言うはずだった。これじゃまるで駄々をこねた子供みたいな言い方で色気ゼロじゃないのよっ!
「帰らないって・・・。お前ほんとめちゃくちゃなことばかり言うな」
呆れた顔のディーノ。駄目だ、これじゃ色仕掛けにもなってない・・・。
「遅くなると危ないからもう帰れよ」
あたしの崖っぷちの覚悟を知らずに子供扱いするようなディーノの言葉に腹が立つ!!
「子供扱いしないでよっ!!」

「あのなあ、こんな時間に来て帰らないとか言う奴が大人だと思えるか?」
「っ・・・!!どうせ、あのローズとかいう女みたいに大人になれないわよっ!!資金援助してもらったり食事にいったり随分仲良くしてるみたいじゃない!!」
「確かに資金援助の話はあったけど、断った。2号店作るのに誰かの金の世話にならなきゃいけないなら初めから作らないよ」
「じゃ・・・じゃあ・・・プライベートでも仲良くしてるんでしょっ?!あ、愛人になったりとか・・」
あたしの言葉にディーノが噴出す。

「愛人??俺があの女のか?・・・お前想像力豊かだな。」
「じゃあ、違うの?」
「ただの店の客の一人としてしか見てない。これでわかっただろ。通りでタクシー拾ってやるから行くぞ」
ローズという女をただの客としてしかみていないことを確認できた安心感から、つい釣られて外に出てしまいそうな自分に気が付いて絶対に出て行くもんかと足を踏ん張らせる。
あたしはどうなの?あたしもただの店の客の一人なの?
それを確かめなきゃ絶対に帰らない!

「いやっ!!・・・今日はディーノの側にいるって決めたんだもん!」
「そういうこと勝手に決めるなよ・・・」
「何言われても帰らないから!」
色気なんてもうどこかへ置いてきた。人間必死になるとそんなことになりふりかまっていられなくなる。

そんなあたしの様子を見てディーノが頭を抱えてため息をついた。
「わかった」
「え?」
聞き返したあたしにディーノは何かを投げてくる。それを両手でキャッチし自分の手のひらにある小さな鍵を見つめた。車のキーだ。
「先に乗って待ってろ。片付けたらすぐ行くから」
心臓がばくばくいってるのがかわる。これって・・・そういうこと、だよね?
あ!でもまさか・・・この鍵だけ渡しておいてそのまま逃げるとか・・・?

「置いていったりしないから心配するな。ほら、先に行ってろ」
あたしの視線からその疑念を感じ取ったらしいディーノが苦笑しながら言った。

ディーノの車の助手席であたしはだんだんと心拍数があがっていくのを感じる。
これはつまり・・・あれよね?ディーノの家にいくってことで・・・今夜は一緒にいてくれるってことで・・・。
頭の中に展開される妄想に頬が熱を帯びてくる。
だ、大丈夫よ。ちゃんと今日は勝負下着だし、べ、別に初めてって訳じゃないんだし!!
そんなことを考えているとディーノが運転席に身を滑らせてきた。

黙ったままエンジンをかける。
車を発進させる前にディーノはあたしの顔をちらりと見て言った。
「逃げるなよ」
その言葉だけであたしは自分の熱で蒸発してしまうんじゃないかとさえ思えた。
あたしはやっぱりディーノが好きなんだ。
その気持ちをまた思い知らされてしまった。
chapter13へ続く
こんばんは♪今回はストーリーのUPです!
最後のクロエ&ディーノの車中SS、黒くてわかりにくいですよね・・・スミマセン。
ほんとはオープンカーの方が表情みやすくていいのはわかってたんですけど
ディーノはオープンカーじゃない気がしてしまって・・・w変なこだわりですw
今回はちょっと長めだったかな~と思いつつ、いろんなキャラを書けたので
個人的には楽しい回でした♪
シムズのカクカクも解消されたので、またしばらくはストーリーのUPになるかな?
お付き合い頂けたら嬉しいです!
ではではまた!